新型コロナが1日も早く収束しますように。
ロ・ウ戦争が一日も早く終わるように。
お断り:このブログではよくテレビやPCなどのメディア
から引用している。自分はかつては大の読書好きだったが、
老眼になって目に負担が大きいので、読書はしていないから、
上記の記事からエビデンス(裏付け、証拠、根拠の意味)を示す。
なお、キリストに対して文書を短くするため、敬語は使わない。
今日(9/18)より、新約聖書の最初の書である「マタイによる福音書」を
少しずつ読んでいく。著者は不明だが旧約聖書とユダヤ教の思想に
精通した人物でユダヤ教徒と推定される。紀元80年中頃に書かれた。
悪霊に取りつかれた唖者のいやし
「二人が出て行くと、悪霊に取りつかれて口の
利けない人が、イエスのところに連れられて来た。
悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを
言い始めたので、群衆は驚嘆し、『こんなことは、
今までイスラエルで起こったためしがない』と
言った。しかし、ファリサイ派の人々は、
『あの男は悪霊の頭(かしら)の力で悪霊を追い
出している』と言った。」
(マタイ 9章 32-34)
ここで群衆が「悪霊が追い出された」事と
「口が利けるようになった」ことのどちらに
驚嘆しているのか?ファリサイ派のように
悪霊の力で追い出したとまでは言わないにしても
口が利けるようになった表面の出来事に
「今まで見たことがない」と驚いたことは確かである。
この項はあまり深入りせずあっさりと事実だけを
述べている。悪霊の話は後で出てくる。
よもやま噺
口の利けない事を聾唖者と思いがちだが、
専門的に言えば、聾唖(ろうあ)の聾は耳が
聞こえない事、唖は言葉が話せない事。
前者を聾者といい、後者を唖者というそうだ。
聴力が弱い人は難聴者という。
いずれにしろ、こういう人々は大きな
ハンディを持っているのに、しばしば、
差別や偏見が持たれていることは確かである。
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