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宮清めイメージ

「イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を
皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛を倒された。そして
言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家と

呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちはそれを強盗の巣
にしている。』境内では目の見えない人や足の不自由な人たちが
そばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた。

他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な
業を見、・・・イエスに言った。『子供たちが何と言っているか、
聞こえるか。』イエスは言われた。『聞こえる。あなたたちこそ、

「幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた」という言葉を
まだ読んだことがないのか。』それから、イエスは彼らと別れ、
都を出てベタニアに行き、そこにお泊りになった。」

   (マタイ  21章 12-17より)

この箇所を文字通り読めば、キリストは台や腰掛を倒し、皆追い出し
 たと、まるでならず者のように暴力を振るったと取れるが、それは
大きな間違いである。その後に、病人をいやし、子供たちからも

「ダビデの子にホサナ」と賛美するのを見て、神聖な神殿で不当な金
儲けをし、更に祭司長などが場違いな文句を言ったりと、神に逆らう 
ことばかりの行為に対し、正義の神としての怒りを発した。 

本来なら、その場で悪者は即、罰せられてもよかったのに、神の愛な
る忍耐強さに救われた。 悪や反逆はいつか、必ず裁かれる。